ここのところ、埼玉や群馬という中途半端な場所への出張が続いており、片道2〜3時間かかるため、音楽を聴く時間が長くてうれしい(その時間を勉強に使えという声も頭の奥で聞こえますが)。
今日とっっっっても久しぶりにspiritualizedを聴いていた。とっっっっっっっっっってもよかったわ。
2009年9月6日日曜日
やり直しはできないよ♪
ついったーで書くには長いので。
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高校までは田舎だったから、都会の高校生がどんな生活を送っているのか想像がつかなかった。
もっと受験意識の高い都会で生まれ育ってたら、違った人生になったかな、とか、都会の子だったら遊んでばかりでもっとダメ人間になっていたかもな、と思う。
うらやましいなと思うけど、それは都会に生まれたかった、ということになり、それについては果たしてそうか?という疑問の方が大きい。わたしは田舎で生まれ育ってよかったと思う。
問題はその先。大学以降のこと。
東京近辺で生まれた人は、大学も身近にたくさんあってどの大学がどんな街にあって大学生ってどんなものなのか電車とか街とかで見かけたりする機会も多くて、入る前からの情報量が多い。
ひきかえ、田舎には大学も近くになく、したがって大学生を身近に見る機会もない。行きたい大学は?と聞かれても具体的なイメージは何一つなく、情報弱者。
大学に入ってからの生活は、思い描いていたものとはかけ離れていた。それは詰まるところが自分のせいなので、うらみつらみを言っても仕方がないこと。
「大学選びを間違った」と言ったら、「そんなことわたしは中学で経験した」とuzちゃんに言われた。田舎育ちと都会育ちの差。いやまぁそれはいいんだけど、「大学選びを間違った」と大学1年の終わりくらいに気づいた気がする。
でも大学のときの友達との楽しい時間(主に学校で)を思うと、その人たちに会えたことはよかったのだから、間違ってない、とも思う。
同性の友達がたくさん欲しかった。でも彼女たちの会話にはついていけなかった。男友達と話す方が気楽で楽しかった。女の子らしいことに興味を持つことは、わたしには似合わないと思っていた。毛嫌いもしていた(中2病)。
サークルに入りたかった。サークル見学に何件か行った。しっくりくるものはなかったけど、大学生=サークルだと思っていたから。バスケのサークルの見学に行ったら、上の男子学生が見学に来た新入生(わたしと友達2人)の方を見ながら、「あの1番うしろのブスは要らねぇ」と言ったのが聞こえた。友達二人の後ろを歩いていたのはわたしだった。サークルには入らないことにした。入れなかった。
大学生といえばバイトだと思っていた。親が「バイトするなら他のことしろ」と言った。バイトはしなかった。かといって「他のこと」もしなかった。
何をしていたかというと、家にいた。
実家から持ってきた300本くらいのビデオの中からお気に入りのものをただただ繰り返し見ていた。
ネットをしていた。漫画を読んでいた。音楽を聞いていた。
趣味だから、というよりは、ただの暇つぶしだと気づいたのが遅かった。
職場の人に関しては、仕事だけのつながりなので別にどうでもいいけど、プライベートで深く関わる人が「サークルに入っていた」とかいう話を聞くと、むかつく。同時に劣等感。なんかもっと他に適当な言葉がありそうだけど、なんて言えばいいかわからない。とにかくむかつく。
大学生のときに恋愛をしたかった。友達と遊びたかった。旅行に行ったりお買い物したり。
多くの人が経験するであろうことをちゃんと経験した人と、そうしないままに年だけ重ねた人との温度差たるや。
かわいくなる努力をもっとすればよかった。「どうせかわいくないから」とあきらめて何もしないより、「かわいくなりたい!」とがんばっている子の方が魅力的。
若いのに楽しそうな子とプライベートで話す機会があると(ほとんどないけど)、醜い感情が湧いてきます。「××が訪れればいいのに」と思います。そんなこと思う自分がいやです。
大学生のときにあまりに誰からも必要とされなすぎて、この世でわたしを必要としてくれるのは親だけだと気づいたときに、親が死ぬまでは生きると決め、その時点でわたしは死んだのだからこれから先は余生だと思うことにしたけど、余生を送るにも心に平穏がないのでみっともないことになってます。
いやなんかめちゃくちゃ。最初に書こうと思ったことと全然違うし;;
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高校までは田舎だったから、都会の高校生がどんな生活を送っているのか想像がつかなかった。
もっと受験意識の高い都会で生まれ育ってたら、違った人生になったかな、とか、都会の子だったら遊んでばかりでもっとダメ人間になっていたかもな、と思う。
うらやましいなと思うけど、それは都会に生まれたかった、ということになり、それについては果たしてそうか?という疑問の方が大きい。わたしは田舎で生まれ育ってよかったと思う。
問題はその先。大学以降のこと。
東京近辺で生まれた人は、大学も身近にたくさんあってどの大学がどんな街にあって大学生ってどんなものなのか電車とか街とかで見かけたりする機会も多くて、入る前からの情報量が多い。
ひきかえ、田舎には大学も近くになく、したがって大学生を身近に見る機会もない。行きたい大学は?と聞かれても具体的なイメージは何一つなく、情報弱者。
大学に入ってからの生活は、思い描いていたものとはかけ離れていた。それは詰まるところが自分のせいなので、うらみつらみを言っても仕方がないこと。
「大学選びを間違った」と言ったら、「そんなことわたしは中学で経験した」とuzちゃんに言われた。田舎育ちと都会育ちの差。いやまぁそれはいいんだけど、「大学選びを間違った」と大学1年の終わりくらいに気づいた気がする。
でも大学のときの友達との楽しい時間(主に学校で)を思うと、その人たちに会えたことはよかったのだから、間違ってない、とも思う。
同性の友達がたくさん欲しかった。でも彼女たちの会話にはついていけなかった。男友達と話す方が気楽で楽しかった。女の子らしいことに興味を持つことは、わたしには似合わないと思っていた。毛嫌いもしていた(中2病)。
サークルに入りたかった。サークル見学に何件か行った。しっくりくるものはなかったけど、大学生=サークルだと思っていたから。バスケのサークルの見学に行ったら、上の男子学生が見学に来た新入生(わたしと友達2人)の方を見ながら、「あの1番うしろのブスは要らねぇ」と言ったのが聞こえた。友達二人の後ろを歩いていたのはわたしだった。サークルには入らないことにした。入れなかった。
大学生といえばバイトだと思っていた。親が「バイトするなら他のことしろ」と言った。バイトはしなかった。かといって「他のこと」もしなかった。
何をしていたかというと、家にいた。
実家から持ってきた300本くらいのビデオの中からお気に入りのものをただただ繰り返し見ていた。
ネットをしていた。漫画を読んでいた。音楽を聞いていた。
趣味だから、というよりは、ただの暇つぶしだと気づいたのが遅かった。
職場の人に関しては、仕事だけのつながりなので別にどうでもいいけど、プライベートで深く関わる人が「サークルに入っていた」とかいう話を聞くと、むかつく。同時に劣等感。なんかもっと他に適当な言葉がありそうだけど、なんて言えばいいかわからない。とにかくむかつく。
大学生のときに恋愛をしたかった。友達と遊びたかった。旅行に行ったりお買い物したり。
多くの人が経験するであろうことをちゃんと経験した人と、そうしないままに年だけ重ねた人との温度差たるや。
かわいくなる努力をもっとすればよかった。「どうせかわいくないから」とあきらめて何もしないより、「かわいくなりたい!」とがんばっている子の方が魅力的。
若いのに楽しそうな子とプライベートで話す機会があると(ほとんどないけど)、醜い感情が湧いてきます。「××が訪れればいいのに」と思います。そんなこと思う自分がいやです。
大学生のときにあまりに誰からも必要とされなすぎて、この世でわたしを必要としてくれるのは親だけだと気づいたときに、親が死ぬまでは生きると決め、その時点でわたしは死んだのだからこれから先は余生だと思うことにしたけど、余生を送るにも心に平穏がないのでみっともないことになってます。
いやなんかめちゃくちゃ。最初に書こうと思ったことと全然違うし;;
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