小学校5年のとき、平日は22時には自室に戻って寝ろと言われ、テレビを見ることを禁じられていた。土曜日だけ「ねるとん」が終わるまでは起きていてもOKになった。
6年になり、土曜日は「ねるとん」の後の番組まで=24時まで起きていても許されることになった。そこで見た「夢で逢えたら」。野球の延長のせいで番組が後ろにズレてしまったら、夢逢えのスタートは24時を過ぎるため見せてもらえなかった。だからビデオ録画の操作を覚えた。最初は、予約などという高等テクは使えず、録画ボタンを押すのみ。だから夢逢えの前に要らんもんがたくさん入り、また夢逢えのあとにもテープある限り録画される始末だった。
火曜日の夜中の2時半から、ガキを放送していることを嗅ぎ付けた。地方だったので東京から2週間遅れの放送だった。予約録画を覚え、レベルが5あがった。
(中略)そうこうしているうちに深みにハマり、リア充への道を踏み外しひきこもってビデオを見ていた大学生活を終える頃まで、わたしの生活は恥ずかしながら彼らを中心に回っていた。東京に出てきた理由の第一「関西ローカル番組が無くなったから」。
ガキのトークを暗唱できるようになっても、特にいいことはなかったけど。
観覧に行って出待ちをし、車で出て行くときに止まってくれて二言三言交わせたり、差し入れを受け取ってくれたり、握手をしてくれたり。中学生のときのわたしからしてみれば、夢のようなできごとが起こったりもした。
2002年くらいからだろうか。録画する番組が徐々に減り、いつしかガキの使い(と「働くおっさん劇場」)だけになり、ガキのフリートークの頻度が減り始めてからは録画しても見ないことが続き、録画しない回数も増えて行き、HDDレコーダーの容量がいっぱいになったのをいいことに録画をやめてしまった。以前なら余念のなかった情報収集も怠り、新しい番組や単発の番組の存在に気づかなくなり、あとで知っても大してショックを受けなくなった。昔なら、もし1秒でも録画に失敗したら、慟哭していただろうに。
リア充になれなかった原因を彼らに求めることもある。お門違いな恨みにも似た感情を抱いてしまうこともある。恥ずかしいことだ。
今はもうあまり興味がないのかもしれない。たまにテレビをつけたときに元気な姿が映ってたりすると「なつかしいなー、元気そうでよかった〜」と思うくらい。自分に昔のような必死さがない。悲しいことだ。
そんな日々。
松本が結婚したそうだ。おめでとうございます。いいおじいちゃん顔になってきましたね。
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