そういえば、こないだすんごいおばさんがわたしがこないだ買ったのと色違いのスカートを穿いているのを見かけた。
そのブランドのターゲット的にはわたしぐらいの年齢の人が当てはまるはずなんだけどなー。
といいつつ、普段着てるのの大半は、わたしがもっと若いときに買ったようなものだから、
今の若い子からしたら、わたしも若作りなんだな。
それでいいのだ。
2009年5月28日木曜日
いつもの
一度持ってしまった不信感を払拭するのは、不可能ではないかもしれないが、困難で時間がかかる。
それが人対人のものであった場合、不信感を持たれた(与えた?)人の行動はきっかけに過ぎず、
不信感を持った側は妄想が膨らみ、どんどん大きく育ててしまう。
払拭できるかどうかは、持った側の問題なのだろう。
持った側は、自分の不信感を払拭するためというよりはむしろ、
より確信を得るための行動をとる。
そして「あー、やっぱり」と思って自分の思い込みが正しいことに安堵する。
ある種の疑いがナイことの証明は、あることのそれに比べてはるかに難しいのだから。
と当たり前のことをわかりづらく書くのが得意です。
昨日は5時間弱眠れた気がします。
眠りながらも何か考えごとをしていたような気がして、
頭の中が寝る前から起きる瞬間までつながっているので、
寝たのか寝てないのかよくわからなくなります。
以上です。
それが人対人のものであった場合、不信感を持たれた(与えた?)人の行動はきっかけに過ぎず、
不信感を持った側は妄想が膨らみ、どんどん大きく育ててしまう。
払拭できるかどうかは、持った側の問題なのだろう。
持った側は、自分の不信感を払拭するためというよりはむしろ、
より確信を得るための行動をとる。
そして「あー、やっぱり」と思って自分の思い込みが正しいことに安堵する。
ある種の疑いがナイことの証明は、あることのそれに比べてはるかに難しいのだから。
と当たり前のことをわかりづらく書くのが得意です。
昨日は5時間弱眠れた気がします。
眠りながらも何か考えごとをしていたような気がして、
頭の中が寝る前から起きる瞬間までつながっているので、
寝たのか寝てないのかよくわからなくなります。
以上です。
2009年5月27日水曜日
眠い
なのに横になると覚醒する。寝付ける気がしない。
久々だなー、この感じ。
特にここ1週間くらいひどい。
おかげで昼間は頭がしびれて吐き気がする。
今日は寝付けるかも!と思っても眠れない。
胸のあたりが苦しい。
なんか胸がつまるような感じ。こういうの、言葉でなんて表現するの?
胸騒ぎみたいな感じ。
不安材料はある。でも原因は果たしてそれだろうか。
因果関係は不明。
さっき帰宅するまでは電車の中でも倒れそうになるくらい眠かったのに、
帰って着替えて横になろうとしたら眠気がすーっと引いたので
今こうしている次第。
断ち切りたい。断ち切れない。うそうそ、ほんまほんま。
久々だなー、この感じ。
特にここ1週間くらいひどい。
おかげで昼間は頭がしびれて吐き気がする。
今日は寝付けるかも!と思っても眠れない。
胸のあたりが苦しい。
なんか胸がつまるような感じ。こういうの、言葉でなんて表現するの?
胸騒ぎみたいな感じ。
不安材料はある。でも原因は果たしてそれだろうか。
因果関係は不明。
さっき帰宅するまでは電車の中でも倒れそうになるくらい眠かったのに、
帰って着替えて横になろうとしたら眠気がすーっと引いたので
今こうしている次第。
断ち切りたい。断ち切れない。うそうそ、ほんまほんま。
2009年5月22日金曜日
2009年5月18日月曜日
ふんぎり。
小学校5年のとき、平日は22時には自室に戻って寝ろと言われ、テレビを見ることを禁じられていた。土曜日だけ「ねるとん」が終わるまでは起きていてもOKになった。
6年になり、土曜日は「ねるとん」の後の番組まで=24時まで起きていても許されることになった。そこで見た「夢で逢えたら」。野球の延長のせいで番組が後ろにズレてしまったら、夢逢えのスタートは24時を過ぎるため見せてもらえなかった。だからビデオ録画の操作を覚えた。最初は、予約などという高等テクは使えず、録画ボタンを押すのみ。だから夢逢えの前に要らんもんがたくさん入り、また夢逢えのあとにもテープある限り録画される始末だった。
火曜日の夜中の2時半から、ガキを放送していることを嗅ぎ付けた。地方だったので東京から2週間遅れの放送だった。予約録画を覚え、レベルが5あがった。
(中略)そうこうしているうちに深みにハマり、リア充への道を踏み外しひきこもってビデオを見ていた大学生活を終える頃まで、わたしの生活は恥ずかしながら彼らを中心に回っていた。東京に出てきた理由の第一「関西ローカル番組が無くなったから」。
ガキのトークを暗唱できるようになっても、特にいいことはなかったけど。
観覧に行って出待ちをし、車で出て行くときに止まってくれて二言三言交わせたり、差し入れを受け取ってくれたり、握手をしてくれたり。中学生のときのわたしからしてみれば、夢のようなできごとが起こったりもした。
2002年くらいからだろうか。録画する番組が徐々に減り、いつしかガキの使い(と「働くおっさん劇場」)だけになり、ガキのフリートークの頻度が減り始めてからは録画しても見ないことが続き、録画しない回数も増えて行き、HDDレコーダーの容量がいっぱいになったのをいいことに録画をやめてしまった。以前なら余念のなかった情報収集も怠り、新しい番組や単発の番組の存在に気づかなくなり、あとで知っても大してショックを受けなくなった。昔なら、もし1秒でも録画に失敗したら、慟哭していただろうに。
リア充になれなかった原因を彼らに求めることもある。お門違いな恨みにも似た感情を抱いてしまうこともある。恥ずかしいことだ。
今はもうあまり興味がないのかもしれない。たまにテレビをつけたときに元気な姿が映ってたりすると「なつかしいなー、元気そうでよかった〜」と思うくらい。自分に昔のような必死さがない。悲しいことだ。
そんな日々。
松本が結婚したそうだ。おめでとうございます。いいおじいちゃん顔になってきましたね。
6年になり、土曜日は「ねるとん」の後の番組まで=24時まで起きていても許されることになった。そこで見た「夢で逢えたら」。野球の延長のせいで番組が後ろにズレてしまったら、夢逢えのスタートは24時を過ぎるため見せてもらえなかった。だからビデオ録画の操作を覚えた。最初は、予約などという高等テクは使えず、録画ボタンを押すのみ。だから夢逢えの前に要らんもんがたくさん入り、また夢逢えのあとにもテープある限り録画される始末だった。
火曜日の夜中の2時半から、ガキを放送していることを嗅ぎ付けた。地方だったので東京から2週間遅れの放送だった。予約録画を覚え、レベルが5あがった。
(中略)そうこうしているうちに深みにハマり、リア充への道を踏み外しひきこもってビデオを見ていた大学生活を終える頃まで、わたしの生活は恥ずかしながら彼らを中心に回っていた。東京に出てきた理由の第一「関西ローカル番組が無くなったから」。
ガキのトークを暗唱できるようになっても、特にいいことはなかったけど。
観覧に行って出待ちをし、車で出て行くときに止まってくれて二言三言交わせたり、差し入れを受け取ってくれたり、握手をしてくれたり。中学生のときのわたしからしてみれば、夢のようなできごとが起こったりもした。
2002年くらいからだろうか。録画する番組が徐々に減り、いつしかガキの使い(と「働くおっさん劇場」)だけになり、ガキのフリートークの頻度が減り始めてからは録画しても見ないことが続き、録画しない回数も増えて行き、HDDレコーダーの容量がいっぱいになったのをいいことに録画をやめてしまった。以前なら余念のなかった情報収集も怠り、新しい番組や単発の番組の存在に気づかなくなり、あとで知っても大してショックを受けなくなった。昔なら、もし1秒でも録画に失敗したら、慟哭していただろうに。
リア充になれなかった原因を彼らに求めることもある。お門違いな恨みにも似た感情を抱いてしまうこともある。恥ずかしいことだ。
今はもうあまり興味がないのかもしれない。たまにテレビをつけたときに元気な姿が映ってたりすると「なつかしいなー、元気そうでよかった〜」と思うくらい。自分に昔のような必死さがない。悲しいことだ。
そんな日々。
松本が結婚したそうだ。おめでとうございます。いいおじいちゃん顔になってきましたね。
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