2007年8月15日水曜日

ふるさと

残り5日ね。来週からまた早起きのプレッシャーかと思うとすでに日曜日の気分です。

予定は守れず、予想通り食べ過ぎた。あー。でもおいしかったからいいか。後悔が脳に与える影響とはいかほど?

明日は、
1.10時までに起きる
2.11時に予約の野暮用

おー。ハードル低い。これならイケそう。じゃあ、

3.タワレコ行く

を追加。


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実家に帰ろうか迷い中。帰省を躊躇する主な理由。
1. 食べ過ぎる。うちの母は特別料理が上手なわけではないのだけど、実家で食べる食事はおいしい。最近母が始めた家庭菜園でとれる前衛的な形をしたトマトやきゅうりも軒並みおいしい。
お魚もおいしい。「いただきさん」をご存知だろうか?昔は「いただきさん」を発見するとよくボウルを思って追いかけたものです。「いただきさん」とは、港であがったお魚を売り歩く行商さんのこと。カート(?)というと雰囲気が出ないけど、そういうのを押して売り歩いているおばあちゃんがいるのだ。小さい頃から当たり前に見ていた光景だったが、東京に来てから見かけないなーと思っていたら存在しなかったらしい。カルチャーショック。今もまだ現役なのかなー。いたらうれしいなぁ。でもうちは今はかなり外れに引っ越したから、いたとしても来ないかもなー。

2. 変貌を見たくない。コンクリートになってしまった土手なんか見たくない。ハゲ山になって緑の失われた山なんか見たくない。川からはメダカも姿を消したそうだ。高校のときにみんながジュースやお菓子を買っていた昔からあった駄菓子屋さんも(経営者が高齢化したこともあって)店を畳んだ。すぐそばにローソンできたし。夏の毎週土曜日には出店がいっぱい出て、わたがしや変な色のひよこや金魚すくいやくじびきや子供たちのハートをがっちりつかむものがいっぱいで、人が押し寄せていた商店街は、もうない。巨大資本の大型ショッピングセンターやコンビニへと人は流れて行った。
自分は都会に住んで便利な生活をしているくせに、故郷の人たちが便利さを享受するのを嫌がる権利なんて微塵もないのはわかっている。でもそれぞれの町にはそれぞれの町の顔があって、どこに行っても(気候以外)大差がないなら、人々はより規模の大きい方に流れ、地方には寄り付かなくなってしまう。人口の3分の1が3大都市圏に集中とか言ってるけど、その一因はそんなところにもあるんじゃないだろうか。
帰省するたびに町が色褪せて見え活気が失われているように見えるのは、今もそこに暮らす人たちに失礼だろうか、それはわたし側だけに原因があるのだろうか。でも、東京は活気はあるけれど、わたしがいたころの田舎のようにキラキラしている感じはない。それはわたしが年を取ったせいだろうか。小さい頃の思い出が、昔はキラキラしていたと美化しているだけなのだろうか。方法によっては、またあのきらめきを取り戻せると思っているのだけど、その方法がまだわからない。でも悠長にしている時間はないのだろうと、なんとなくそんな気がする。

たかが帰省するかどうかだけで、わたしはいったい何を大袈裟な。

2 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

とは言っても東京とか大阪とかは狭いですけどね…。都会化してても地方行くと道とか店の中とか広いなーって思いますよ。
あと、実家の食事が美味いという点については同意したいと思います。
でも食べ過ぎたっていーじゃん太ったっていーじゃん!ウソ!(麦酒モード)

miki さんのコメント...

一人暮らしと比べて家族用の住宅は、広さに余裕があるので、精神的にも余裕が生まれる気がしたよ。

そしてやっぱりごはんはおいしかったし、回数が多かった;;;